大和高田のだんじり > 天神社  動画と写真                         ※青字部分や写真をクリックしてご覧ください。
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天神社 [ 雑記 ]  [ 動画 ]  [ 写真 ]

 ■ 所在地= 奈良県大和高田市三和町 2-15  [ 地図 ]

 ■ 御由緒 (表参道入口にある「天神社の由緒」より抜粋)
   天神社は古来より、天神宮と称されていました。やがて明治以後、勅命に
   より天神社になりました。
   天神宮縁起書(てんじんぐうえんぎしょ)によれば、第十代崇神(すじん)天皇の
   御代の御鎮座である。
   現存する御本殿の最も古いの棟札は貞応元年(1222年)のものである。
   御本社は高皇産霊神(たかみむすびのかみ) ・神皇産霊神(かみむすびのかみ)
   津速産霊神(つはやむすびのかみ)をおまつりしている。
   この神々は「古事記」や「日本書紀」に造化の神として記されている。
   又、本居宣長(もとおりのりなが)著「玉鉾百首(たまほこひゃくしゅ)」にも
   「神の道は高皇産霊神・神皇産霊神のお働きに始まる」と記されている。
   天神社の神様は「産霊(むすび)」の神様で、ものごと成就 ・ 祈願達成 ・
   縁結び・合格祈願等に御神徳のあらたかな神様である。

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大和高田 天神社
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 高田天神社 雑記、動画と写真


 ■ 雑記

  [秋祭] 昭和12年発行の「高田郷土史話」や、その記述をもとに
     再編集されたと思われる昭和33年発行の「大和高田市史」に、
     天神社の秋祭りに関して、次のような興味深い記述がある。


      「若衆によつて御輿(みこし)が天神社から担(かつ)ぎ出されて、
       伊勢音頭も賑やかに各町を渡御(とぎょ)の上、南町の春日社前御旅所へゆく。
       時々『暴れ御輿』といつて暴れ廻(まわ)り、平素村方から憎まれてゐる家へ
       棒の鼻を突込んだりした。又、大山(葛城川堤)まで持つてゆき、
       そのまゝ御輿を放(ほり)出して帰るため、神主は神輿の守護に堤の上で夜を
       明したこともあつた。その後乱暴を封するため、明治二十年頃立派な源氏車を
       新調し、次いで今の御輿車(みこしぐるま)となつた。又、各町から地車が
       七ツも八ツも出て賑(にぎは)うた。」
(堀江彦三郎著「高田郷土史話」P.218より引用)

      「高田町では若衆によって御輿が担ぎ出されて、伊勢音頭で各町を渡御の上、
       南町の春日神前御旅所へゆく、昔は背に巴の紋のあるそろへのハッピで
       かついだ。時々「暴れ御輿」といって暴れ廻り、又、大山(葛城川堤)まで持って
       ゆき、そのまま御輿を放出して帰るため、その後大正初年から御輿車となり、
       各町から地車が七ツ八ツ出て賑うた。」
(「大和高田市史」P.447〜448より引用)


    ・ 南町の春日神社とは、現在の南本町7-16(本町壱丁目町内)で、
    長谷本寺と地つづきの神社。 下の動画のように、現在も秋祭りには
    神輿車が天神社から春日社御旅所まで氏子たちによって曳行されている。
    「高田天神社の御神輿(おみこし)は、なぜ車で曳かれてくるんだろう?」と、
    子どもの頃から疑問だったが、「高田郷土史話」や「大和高田市史」の
    記述により納得できる。

    ・ また、同記述からは、神輿車になったのを機に、天神社の秋祭りに各町
    から地車を出すようになったとも受け取ることができ、興味深く、ついつい
    いろんなことを想像してしまう。

    ・ ここからは、その私の勝手な想像ですが ……
    現在のように地車が高田の町中を練り歩くようになったのは、天神社の
    神輿が神輿車に変わった大正期からではないかと思う。 それまでにも
    各町に地車はあったはずだが、曳行はその町内だけで行う、いわゆる
    「町内だんじり」とか「所曳き(ところびき)」と呼ばれるもので、高田の町中を
    練り歩くものではなかったのではないだろうか。 それが、明治二十年頃、
    天神社の神輿が担(かつ)ぐ神輿から曳(ひ)く源氏車に変わったのを機に、
    (または、大正元年に神輿車になったときに) 各町の地車が、露払い役として神輿車を
    先導したり、また、神輿車の後についたりして、渡御に同行して高田の
    町中を練り歩くようになったのではないだろうか。
    「高田郷土史話」の記述に 「各町から地車が七ツも八ツも出て賑うた」 と
    あるように、当時の秋祭りは、渡御の神輿車をメインに、各町ご自慢の
    地車がさながらパレードのように高田の町を連なって練り歩き、大勢の
    見物人もいて、さぞかし賑わいだ雰囲気であったろうと想像する。
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 動画
 
平成28年10月10日 御神輿(ギャルみこし) 撮影=yone1234
高田天神社の2基ある神輿(みこし)のうちの小さいほう。
大きいほうの神輿が回れない氏地内へも、
毎年、彼女たちの「ワッショイ!」の元気な掛け声とともに巡ります。

 
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平成25年10月14日 渡御 その1
2013年10月14日(祝・月) 撮影
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平成25年10月14日 渡御 その2
2013年10月14日(祝・月) 撮影
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平成25年10月14日 渡御 その3
2013年10月14日(祝・月) 撮影
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平成23年10月10日 渡御
2011年10月10日(祝・月) 撮影
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平成21年10月11日 渡御
2009年10月11日(日) 撮影
渡御の神輿車が、春日神社の御旅所で本町壱地車と並びます。
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平成21年10月11日 渡御
2009年10月11日(日) 撮影
もう1台の神輿(これは担ぐ神輿)も御旅所にやって来ました。
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平成21年10月11日 渡御
2009年10月11日(日) 撮影
渡御の神輿車が御旅所から出発します。
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平成10年10月11日 渡御
1998年10月11日 撮影
昔のビデオテープを整理していたところ、この映像がありました。
神輿車の横に並んでいる大修理前の本町壱地車も映っています。
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 写真 (写真をクリックすると別ウィンドウでページが開きます)
 
天神社渡御2015
2015年 秋祭り渡御 by 藤田様
 
 
 
 
 
 
 
天神社渡御2011
2011年 秋祭り渡御 by yamazaru様
 
 
 
 
 
 
天神社
2009年 秋祭り前日の「高田天神社」
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